予想どおりに不合理 5, 6 章を読んだ

4 連休は久しぶりにめちゃくちゃ体調崩して、木から日曜の朝までほぼ寝てた。。なんだかんだで睡眠が足りてなかったのかなぁ。。

読んで考えたこと

無料のクッキーの力

3 章でも「ゼロコスト」として無料の話が出てきたが、5 章では、4 章の社会規範・市場規範を踏まえた上で、無料や値下げがどう影響するかというもの。

出てくる例としては、キャラメルを売っていたとして、「1 個いくら(しかも安い)」でおいてあるか、「無料」で置いてあるかで利用者は「どれぐらいの数」それを持っていく or 買っていくかというもの。

結果は「無料の方が持っていく人数は多いが、一人あたりの個数が少ない」という感じで、無料の方が需要は増えるが、社会規範が適用され他にも欲しい人のために残しておこうのような配慮が働くというもの。

確かにこれは実体験がパッと出てこないが、想像するとすごくありそう。ビュッフェ・バイキングを思い出すとお金を払っているから「少しでもいいもの食べないと損」みたいな庶民思考で、あんまり他の人のことは考えない(まあ補充はされるものの、そんなにすぐにされる訳でもない)。一方で、会社のパーティーとかでフリーで食事が出されると自由に取ってよくてもなんとなく遠慮してしまう。(まあ、会社のパーティーの場合補充されないケースもあるので、その場合は多少卑しい気持ちも勝つ)

書籍では実験として「値段を下げた場合と無料にした場合」も試しているが、値下げすると需要が増えるが、無料にすると減る。(ここでいう需要は、一人ひとりが買う・持っていく個数なので全体ではない)

終盤に書かれている「労力」の話は今後自分にも関係がありそうで面白かった。以前出てきた幼稚園の遅刻者への罰金の話にも似ていで(罰金になった途端に市場規範が適用された)が、ここでは逆で労力の提供をお願いすることが市場規範ではなく、社会規範に留まらせるというもの。「留まらせる」という表現からも分かるように、あくまで市場規範と社会規範の間ぐらいの感じになるが、社会規範に近い位置になるよう。

確かに保育所や町内の活動も「労力」の提供をお願いされるケースがとても多い。つまりはボランティアだ。それこそ市場規範しかなさそうな都会で住んでた経験からすると、「どうしてお金を集めて誰か雇わないのか?」とかすごく考えてしまうが、こういう活動を行うことで経済効率は悪いが、関係者を社会規範の関係に留まらせる、利己的になりすぎないという意味があるのだと認識できた。

こういう活動がきちんと浸透すれば、モンスターペアレンツみたいな問題も起きにくいのかもしれないなとちょっと思ったりもしたが、まあさっそく次の章でそうでもないということが書かれている。

性的興奮の影響

この章では実験のために性的興奮を対象にしているが、検証内容としては興奮状態、つまりは冷静な判断ができない状態の時にどうなるかというもの。

面白いのは冷静な時と、興奮状態の時に同じ質問をしているのに、かなり異なる回答が返ってくること。つまり、「冷静な判断ができないとか、自分にはない」と思っている人が危険で、人間である以上は誰もがジキルとハイドであるというのがこの章で説明されていること。

この「自分にもそういう側面がある」と認識できていることはすごい大事なんだろうなと思った。それが認識できていれば、対策を考えておいたり、予想されるケースにおいては事前に検証することもできる。

自分も加齢のせいか、ストレスのせいか、感情コントロールがうまくできないことがある。そういう時は冷静な判断ができていないと感じるし、なんとなく仕方ないと思っていたが、そこは冷静な判断ができなくなることを前提に何か対策をしなくてはいけないのだと分かった。